同位体と科学をテーマに同位体の歴史をシリーズで連載をいたします。
第1回「同位体の発見」
更新日:2009/08/04
19世紀から20世紀にかけて、ウランから発する不思議な「線」が研究者を魅了し、現代の言葉で言う「核化学」の研究が始まった。ベクレル( H. Becquerel )の「ウラン線」の発見後、キューリー夫妻( P. Curie とM. Curie )がウラン崩壊物からポロニウム、ラジウムを発見し、ウラン、トリウムが放射線を出して次々と元素が変わる放射壊変現象の研究が世界に広まった。このような中で、1906年ボルトウッド( Boltwood )はウラン系の放射性イオニウム(質量数230)がトリウム(質量数232)と全く同じ化学的性質を示すことを発見した。またソディ( F. Soddy )は、1912年質量が違うが同じ化学的性質を持つ物質を「同位体( Isotope )」と名づけ、同位体の質量が整数で表される整数則を提唱した。 |
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一方物理的手法による陰極線の研究から電子を発見したトムソン( J.J. Thomson )は、陽極線の研究に進み、1913年質量20のネオンに質量22の“不純物”があることを発見した。トムソンの研究を助けたアストン( F. W. Aston )は、拡散法によるネオン同位体の濃縮を行った。同位体分離の始まりである。同位体の研究はアストンやデンプスター( Dempster )による質量分析計の開発によって飛躍的に進み、天然元素の同位体組成が調べられた。この結果各種元素の原子量が定まったが、同位体の質量が整数から少しずれる偏差があることもわかった。1933年出版されたアストンの著書では、『質量偏差とアインシュタイン( A. Einstein )のエネルギーと質量の和の保存則E = mc2に合わせると、元素の核変換により、巨大なエネルギーが発生する』と予言している。1938年ハーン( O. Hahn ), シュトラースマン( F. Strassmann )らによるウラン核分裂の発見が直ちに巨大エネルギーの発生予測に繋がった理由は、同位体質量の精密な測定にあった。
原子から発する発光スペクトル線に僅かな変動があると予測したユーリー( H. C. Urey )は、液化水素を保有するブリックベーデル( Brickweddlle )やスペクトル分光の専門家マーフィ( Murphy )らの協力を得て、液体水素を蒸留し、残渣物から重水素を分光法により発見した。原子から発する光の波長に同位体変動があり、物理的特性に同位体効果があることがわかったが、蒸留という化学操作で同位体が濃縮することから、化学的過程にも同位体効果があることがわかった。ユーリーは同位体の化学的効果について体系的理論を展開し、ビゲライゼン( J. Bigeleisen )、マイヤー( M. G. Mayer )らによってその理論はさらに発展した。同位体効果の理論から環境中の水素、酸素などの同位体挙動が解析され、歴史的な地球環境の温度変化や、大気中二酸化炭素濃度と温度の関係が明らかとなった。
著者:国立大学法人
東京工業大学
名誉教授 藤井靖彦